みなさんは歩行速度が全身の健康状態を反映させるという話を知っていますか?
歩行速度は第5のバイタルサインと述べている論文もあり,全身の健康状態の評価や予後予測に役立つとされています.
今回,紹介する論文は1年間で歩行速度が低下した人は認知症のリスクが高いという報告です.
今までの研究では,歩行速度が遅い人(=あまり動いていない人)が認知症と関連する報告はありましたが,
歩行速度の低下に着目した研究は新しいものです.
ぜひ最後までお付き合いをお願いします.
これを読むとこんなメリットがあります
- 歩行速度と認知症のリスクの関係がわかる
- 記憶力と認知症のリスクの関係がわかる
- 歩行速度と記憶力が1年間で低下することが,認知症のリスクを何倍高めるか分かる
論文紹介
Qu Tian, et al. Association of Dual Decline in Memory and Gait Speed With Risk for Dementia Among Adults Older Than 60 Years A Multicohort Individual-Level Meta-analysis. JAMA Netw Open. 2020.
「60歳以上の成人における記憶および歩行速度の二重低下と認知症のリスクとの関連 マルチコホートのメタアナリシス」
目的
歩行速度や記憶力の能力が低いと認知症になりやすいことは先行研究でも報告されてますが,ベースラインで運動障害や記憶障害がない一般高齢者では不明です.
地域高齢者において,加齢に伴う歩行速度と記憶力の低下が認知症の発症リスクの増加に関わるか調査することです.
対象
1997年~2018年の範囲で調査した,6つの前向きコホート研究のデータを使用しました.
加齢に伴う記憶と歩行の変化を評価するため,ベースラインでは運動障害,記憶障害,認知症がない60歳以上の地域在住高齢者を対象としました.
なので,運動障害がない(歩行速度≤0.6m/sec),認知機能障害がない(MMSE24以上)ことを確認しました.
評価方法
測定項目は,歩行速度,記憶力,認知症に関して評価されました.
歩行速度は,
だいたいの研究で4~6mの場所を用いて通常歩行速度を測定し,m/secで示しました.
記憶力に関しては,
認知機能の低下に先立って低下を示す,エピソード記憶である即時想起に焦点を当てて評価しました.
具体的な評価方法は各研究により異なりますが,California Verbal Learning Test(言語記憶評価テストCVLT),Buschke Selective Reminding Test(BSRT),Rey Auditory Verbal Learning Test(RAVLT),modified California Verbal Learning Test,free recall test(再生課題)を用いてました.
認知症の判定も各研究によって異なりましたが,
精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-Ⅳ)やMMSEなどスタンダードな方法が用いられました.
各研究のエンドポイントは,認知症の診断または認知症を発症しないまま最後までフォローアップ,もしくは死亡でした.
統計解析
歩行速度の低下は1年で歩行速度0.05以上の低下を認めた場合,
記憶力の低下は1年で三分位の低下を認めた場合と定義しました.
各研究で,ベースラインから歩行速度・記憶力の低下なし,歩行速度のみ低下,記憶力のみ低下,記憶力と歩行速度の両方低下の4グループに分類されました.
研究ごとにコックス比例ハザード回帰を用いて,歩行速度のみ低下,記憶力のみ低下,両方の低下による認知症の発症リスクを調べました.
また6つの研究の平均リスクを変量効果モデルによるメタアナリシスで解析しました.
結果
6研究で8699名が対象者で,ベースラインでの年齢は70~74歳の範囲でした.
歩行速度は1.05~1.26m/secで,認知症の発症は1年で1000人中5~21名,観察期間は6.6~14.5年でした.
年齢など調整した後,ベースラインの記憶力の低下は1つの研究を除いて,すべての研究で認知症の発症リスクが高いことを示しました.
また,ベースラインの歩行速度が遅いと1つの研究を除いて,すべての研究で認知症のリスクが高いことを示しました.
認知症の発症リスクに関して,
歩行速度と記憶力の低下が高齢者と比較して,歩行速度と記憶力の両方低下したグループと記憶力のみ低下したグループは,人口統計学的特徴やベースラインの歩行速度と記憶力を調整した後においても,全ての研究で認知症を発症するリスクが高いという結果でした.
具体的には歩行速度と記憶力が低下したグループは低下がない高齢者と比較して,認知症を発症するリスクは研究によって5.2~11.7倍高く,6つの研究を合わせたハザード比(HR)は6.28(95%CI: 4.56~8.64)でした.
つまり,1年で歩行速度と記憶力が低下することは6倍以上認知症のリスクが高まるということを示しました.
また,歩行速度のみ低下では,全体でハザード比は2.24(95%CI: 1.62~3.09).
記憶力のみ低下では,全体でハザード比は3.45(95%CI: 2.45~4.86).
よって,歩行速度の低下,記憶力の低下,それぞれが単独で生じた場合も認知症の発症リスクが2.24倍,3.45倍高まるという結果でした.
結論
- 歩行速度と記憶力の両方の低下は,認知症の発症リスクが高い(HR6.28).
- 認知症の発症リスクは,歩行速度のみ低下(HR2.24),記憶力のみ低下(HR3.45)の単独の低下でも高い.
- 歩行速度と記憶力の低下を認める高齢者では,認知症に関わる危険因子を注意深く対応する必要があり,この研究は予防的介入の指標として役立つ可能性がある.
読んだ感想
8000人を超える大規模調査で,縦断的に調査している点でデータの信頼性も高く貴重な研究だと思います.
ただし,今回の結果は歩行速度の低下や記憶力の低下が認知症リスクと関係しているというもので,
歩行速度や記憶力を高めれば認知症のリスクが下がるということではないので勘違いに注意ですね.
地域の高齢者で歩行速度や記憶力の低下が疑われる人は,認知症に注意したフォローアップが必要かもしれません.
この観点は,地域で活躍する訪問リハビリスタッフやケアマネージャー,介護員の方も知っていると包括的な関わりに重要だと思います.
この論文を参考に,歩行速度を測定しておくのも良いかもしれません.
その他の通常歩行速度の基準値に興味がありましたらこちら(https://yamanopt.com/walkspeedcutoff/)
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