全人工膝関節置換術(Total knee Arthroplasty: TKA)は病院でも比較的よく目にする手術であり、
理学療法士は学生や新人時代の頃から担当させていただく機会が多いと思います。
今回は、TKA術後の膝関節屈曲可動域の予後予測に関する術前・術後因子をまとめました。
以下、結論です。
- 術前因子で特に重要なのが膝関節屈曲可動域
- 膝屈曲可動域が良好となる術前因子の指標は、膝屈曲≥125°、膝伸展≥-15°、TUG<11.2秒、杖を使用しているの4項目
- 術後因子で特に重要なのが術後早期の膝関節屈曲可動域
- 術後5日で膝屈曲85°もしくは1か月で105°に達しないと長期予後が不良の可能性
術後の可動域獲得は良好か?難渋しそうか?
術後どれくらいで可動域が拡大できるか?
術前や術後早期から膝関節可動域を予測できれば、
可動域獲得の予後不良な人には可動域練習に重点を置いたプログラムを実施するし、予後良好な人には可動域よりも歩行やADLなど別のプログラムに重きを置くことができます。
完璧に予後を予測することはできませんが、少しでも臨床での判断材料になれば幸いです。
膝関節屈曲可動域はADLにも関わる重要な要因です。
TKA術後の膝屈曲可動域に影響する術前因子
まずTKA後の膝屈曲可動域に影響する術前因子の紹介です。
- 膝関節屈曲角度
- TUG
- 疾患
- FTA
- 股関節屈曲と外旋角度
簡単にまとめると、
「術前の膝屈曲可動域の制限が大きく、TUGが遅く、リウマチよりも変形性膝関節症が主疾患で、FTAが大きく(内反膝)、股関節屈曲と外旋可動域が制限されている」
は術後の可動域が不良になりやすいです。
この中でも特に重要な術前因子は、膝関節屈曲可動域です。
術前の膝屈曲角度が重要な理由は、膝伸展筋群など組織の伸張性の目安になるからです。
術前リハビリもしくは術前評価が可能な場合は、膝関節屈曲可動域の測定は必須ですね!
術前膝関節屈曲可動域の予後予測の目安ですが、120~125°以上が挙げられます。
120~125°未満が必ずしも予後不良と判断はできませんが、一つの基準として知っておくのは臨床で役立つと思います。
TKA術後の膝屈曲可動域に影響する術後因子
続いて術後因子を紹介します。
- 術後早期の膝屈曲角度
- 腫脹
- 創部周囲の深部温度
- 膝蓋骨アライメント
- 膝伸展筋力
簡単にまとめると、
「術後早期の膝屈曲可動域が不良で、腫脹が大きく、創部周囲の深部温度が高く、膝蓋骨アライメントが不良で、膝伸展筋力が弱い」
は術後の可動域が不良になりやすいです。
この中でも特に重要なのが、術後早期の膝関節屈曲可動域です。
戸田らは、TKA術後1週~6週で、膝関節屈曲可動域の回復率を調査しました。
その結果、
可動域の回復率は、全回復に対して術後1~2週で51%、2~3週で23%,3~4週で15%、4~5週で7.7%、5~6週で3.4%の回復率でした。
術後1~3週までに可動域の全回復のうち、約75%の回復を認め、術後3週までの可動域から術後3週以降の可動域改善を予測できる可能性がある。
戸田秀彦,他.人工膝関節置換術後の屈曲可動域予測.理学療法学.2011.
と述べています。
戸田らの報告では、術後3週以降の回復率は徐々に下がっており、術後早期の可動域回復が重要であることが示唆されています。
また、OkaらはTKA術後5日と術後1か月の膝屈曲可動域から術後12か月後の可動域を予測できるか調査しました。
その結果、術後12か月後の膝屈曲可動域は、術後5日と術後1か月の膝屈曲可動域と有意な関連を認めたと報告しています。
戸田ら、Okaらのどちらの研究においても、術後早期の膝屈曲可動域がその後の膝屈曲可動域の予測予測に重要な因子であることが述べられています。
術後の疼痛や防御性収縮も関節可動域に影響することが予想されますが、鎮痛薬の影響など数値化が難しい面があるのか明確な論文はみつけられていません。
今後、明らかになれば紹介していきたいと思います。
予後予測に役立つ具体的な術前と術後の指標
上の項では、TKA術後の膝屈曲可動域に関わる術前因子と術後因子を紹介しました。
ここでは、論文をもとに具体的な指標となる数値を紹介します。
術前因子の指標
術前因子によるTKA術後の膝関節可動域の予後予測ですが、
術前の4つの評価項目からなる予測ツールがAmanoらによって報告されています。
術前の4評価のカットオフ値から、合計スコアが8点以上であれば術後14日での膝可動域が良好である確率が約95%。
ちなみに、膝可動域良好とは、「膝屈曲≥110°、伸展≥-5°」と定義しています。
術前の4評価のうち、”杖を使用している”ってどういうことって思った人はいませんか?
杖を使用していない人の方が身体機能が良好そうなイメージはないですか?(僕は読んだときは、杖?なんで?ってなりました。)
実は、変形性関節症学会の国際ガイドライン(OARSIガイドライン)では、
変形性膝関節症では杖を使用することにより疼痛軽減、身体機能やQOLの改善効果があり、杖の使用を推奨しています。
なので、術前から杖を使用してる人の方が術後の予後がよいというのは納得ですね。
ここで紹介されている4つの術前評価は、スクリーニングによる可動域の予後予測だけでなく、
術後の身体機能変化と比較するために重要な評価項目です。
術前に介入している、もしくは術前評価が可能な状況であれば、できるだけ評価しておきたい項目ですね。
術後因子の指標
術後因子によるTKA術後の膝関節可動域の予後予測ですが、
術後5日で膝屈曲85°に達しない場合もしくは術後1か月で膝屈曲105°に達しない場合、
術後12か月後に膝屈曲120°に達しない可能性が高い
とOkaらは報告しています。
ただし、この報告では、術後5日時点での予後予測は精度が低く(AUC0.63とやや低め)、術後は疼痛や薬剤の影響があることが考察されています。
術後1か月での膝屈曲105°は、感度63%、特異度82%、AUC0.80と、精度が高く、予後予測に有用な指標であると考えられます。
また、TKA術後の膝屈曲可動域の回復を調査した戸田らは、
術後3週まで可動域の全回復のうち約75%が回復し、術後3週以降の可動域を概ね予測すると報告しています。
これらの報告から、術後早期の可動域獲得は重要であり、術後3週~1か月での膝屈曲105°が予後予測に有用である可能性が考えられます。
ただし、術後3週~1か月で膝屈曲105°に達しなかったら、必ず予後が悪いと断言しないように注意してください。
臨床ではたくさんの情報があり、今回紹介した内容は臨床で検討する際の判断材料の一つにすぎません。
ただし、指標を知っていることは、なにも知らずに予後を考えるよりも、はるかに精度が高くなります。
臨床を考える材料の一つになれば幸いです。
まとめ
TKA術後の膝関節屈曲可動域の予後予測に役立つ内容を術前と術後でまとめました。
- 術前因子で特に重要なのが膝関節屈曲可動域
- 術前因子の指標として、膝屈曲≥125°、膝伸展≥-15°、TUG<11.2秒、杖を使用していること
- 術前膝屈曲120~125°未満は予後不良の可能性
- 術後因子で特に重要なのが術後早期の膝関節屈曲可動域
- 術後の膝関節屈曲可動域は術後3週で全回復の約75%回復する
- 術後1か月で膝屈曲105°に達しない場合、術後12か月で膝屈曲120°に達しない可能性が高い
TKA術後の筋力回復についてもまとめています。
ご興味があれば、こちらから。
参考資料
- Kawamura H, et al. Factors affecting range of flexion after total knee arthroplasty. J Orthop Sci. 2001.
- Harvey IA, et al. Factors affecting the range of movement of total knee arthroplasty. J Bone Joint Surg Br. 1993.
- Tetsuya Amano, et al. Clinical prediction rule for early recovery of knee range of motion after total knee arthroplasty: A prospective cohort study. Phys Ther Res. 2020.
- Gatha NM, et al. Factors affecting postoperative range of motion after total knee arthroplasty. J Knee Surg, 2004.
- Merrill A Ritter, et al. Predicting range of motion after total knee arthroplasty. Clustering, log-linear regression, and regression tree analysis. J Bone Joint Surg Am. 2003.
- Naoki Nakano, et al. Knee Flexion Angle Following Total Knee Arthroplasty Relates to a Preoperative Range of Motion of the Hip. Indian J Orthop. 2021.
- Yuki Hasebe, et al. Factors affecting early knee-flexion range of motion after total knee arthroplasty. J Phys Ther Sci. 2021.
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- Tomohiro Oka, et al. Importance of knee flexion range of motion during the acute phase after total knee arthroplasty. Phys Ther Res. 2020.
- 戸田秀彦,他.人工膝関節置換術後の屈曲可動域予測.理学療法学.2011.
- 小林孝誌.浅層リンパ浮腫と筋スパズムによる関節可動域制限への触圧感覚刺激法.理学療法の歩み.2007.
- 森陵,他.整形外科術後の浮腫・腫脹に対する複合的理学療法の有効性~フェルディー式リンパドレナージ手法を中心に介入~.順天堂スポーツ健康科学研究.2011.
- 小野瀬慎二,他.人工膝関節全置換術後における大腿部腫脹の関連因子.日嚢医誌.2018.
- Misaki Ueyama, et al. Alterations in deep tissue temperature around the knee after total knee arthroplasty: its association with knee motion recovery in the early phase. Phys Ther Res. 2018.
- 中根邦夫,他.表面置換術で行った CR 型人工膝関節置換(TKA)術後正座膝の動態解析について.日本人工関節学会誌.2015.
- 中根邦夫.TKAで良好な可動域を獲得するには.Jpn J Rehabil Med.2018.
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