呼吸器疾患や循環器疾患,高齢者を対象に有酸素運動を実施することは多いですが,
みなさんは有酸素運動時の運動負荷設定を自信をもってできますか?
疾患がある方や高齢者では有害イベントを発生させる恐れがあり,若年者よりもシビアな負荷設定が必要です.
運動負荷を考える際には様々な指標がありますが,最もおススメなのが自覚的運動強度と心拍数です.
手術後~外来リハビリまでみる大学病院時代に僕も用いていた指標を,
具体的な負荷の目安と理由も合わせて説明します.
筋力強化をピックアップした1RM法に関しては別の記事で紹介していますのでよろしければ.
有酸素運動での運動負荷設定の方法がわかる
・高齢者,呼吸器疾患,循環器疾患での運動負荷の目安がわかる
自覚的運動強度Borg Scale(ボルグスケール)と運動強度
自覚的運動強度(rating of perceived exertion: RPE)とは,運動時の身体的な負担を自覚的に判断する方法です.
もっと簡単に言うと,運動時に「どれくらい辛いですか?」と聞く評価になります.
自覚的運動強度で最も一般的に使用されているのが,1985年にBorg(ボルグ)が発表したBorg Scale(ボルグスケール)です.
Borg Scaleは最低6から始まり,10倍すると,およその心拍数になるように作られています.
また,Borg Scaleは%最大酸素摂取量(%MVC)との相関が報告され,Borg Scale11~13は最大酸素摂取量の60~70%(中等度の運動負荷)です.
さらに,Borg Scale11~13は嫌気性作業閾値(AT)レベルの負荷のため,有酸素運動の範囲であればBorg Scale11~13に留めることが多いです.
嫌気性代謝閾値(AT):
漸増負荷運動を行う際に運動強度が増すと有酸素系を主としたエネルギー供給では賄いきれなくなり,無酸素系のエネルギー供給の割合が一段と高くなる境界点を指します.
つまり,ATは有酸素運動の上限の負荷とも解釈できるため,重要な運動指標となります.
高齢者・呼吸器疾患・循環器疾患のBorg Scaleの目安
高齢者に関して,下和宏ら1)がBooth J, 2017らの報告を参考に作成した運動負荷の指標では,
Borg Scale8~10(低強度)を目安にスタートして,11~13(中等度)での運動を推奨しています.
COPDなどの呼吸器疾患では,修正Borg Scale3~4を目安にしています.
また心不全を含めた循環器疾患では,Borg Scale11~13を目安にしています.
高齢者と同様に,呼吸器疾患や循環器疾患でも中等度の運動負荷が推奨されています.
疾患がある方をみる時の注意点として,
呼吸器疾患,循環器疾患では疲労度と同時に,息苦しさも評価します.
心肺機能の順応ができていない場合は息苦しさが出現するため,休息をとる必要があります.
また,個人的には,全身性の疲労と下肢の疲労を分けてBorg Scaleで評価するのもおススメです.
全身性疲労はないが,下肢の疲労のみを訴えることも臨床では見かけます.
手術や入院により下肢の筋力や筋持久力が低下し,易疲労性を認めることが多くあります.
この場合は,下肢の筋力強化トレーニングが必要になります.
ちなみに
Borg Scaleには修正Borg Scaleがあります.
修正Borg Scaleでは,呼吸困難感は下限が6では回答しにくいため,0~10の数値に置き換えたであります.
呼吸困難において妥当性が検証されており,呼吸器疾患の評価では修正Borg Scaleを使うことが多いようです.
Borg Scaleは,簡単に運動負荷の評価ができるため,使用範囲も広く,ご高齢にもわかりやすい作りになっています.
心拍数と運動強度
続いて紹介する運動強度の設定の方法は心拍数を用いる方法です.
心拍数を用いることで,自覚的な疲れが理解できにくい方や認知症の方でも客観的に評価できます.
また,呼吸循環機能を含めて全身的に評価できる点もメリットですね.
先に,心拍数の測り方の紹介です.
橈骨静脈に指を3本当てて15秒間に脈鬱回数を数え,×4をして1分間の心拍数を算出します.
注意点として,不整脈がある人は60秒間しっかりと数える必要があります.
運動時の目標心拍数の設定方法:%HR法
%HR法とは,年齢から予測する最大心拍数と設定した運動強度から計算する方法です.
まず,年齢から予測する最大心拍数は”220-年齢”で計算します.
ここに運動強度を含めて式をたてると,
運動時目標心拍数=予測最大心拍数(220-年齢)×運動強度%
となります.
例として,70歳の方に運動強度60%で運動するときの運動時目標心拍数は,
(220-70)×0.6(60%)=90 心拍数90回
が運動時目標心拍数となります.
%HR法は,計算が比較的シンプルであり,必要な情報も年齢だけなので臨床でも使用しやすい方法になります.
運動時の目標心拍数の設定方法:カルボーネン法(Karvonen法)
こちらも計算により運動時目標心拍数を算出する方法ですが,
%HR法とは異なり,”安静時心拍数”も必要となります.
計算式は,
運動時目標心拍数=[(220-年齢)-安静時心拍数]×運動強度%+安静時心拍数
となります.
例として,70歳,安静時心拍数100回のかたに運動強度60%で運動するときの運動時目標心拍数は,
[(220-70)-100]×0.6+100=130 心拍数130回
が運動時目標心拍数となります.
%HR法は高齢者では予測最大心拍数が低くなるため,安静時心拍数が高いと運動処方ができないというデメリットがあります.
しかし,Karvonen法は,予備心拍数(疎予測最大心拍数-安静時心拍数)を考慮しているため高齢者や心肺機能の障害がある方にも適応可能です.
やや計算式が面倒ですが,高齢者のみならず呼吸器や循環器疾患でも非常に使われるため,是非覚えておきましょう.
高齢者・呼吸器疾患・循環器疾患の心拍数計算時の運動強度目安
運動強度の設定に関して,年齢や疾患を踏まえた上で検討する必要があります.
若年者の全身持久力向上には70~90%の高強度が必要であるとされたり,
高齢者では,一般的には中等度の運動強度である40~60%が推奨されています.
しかし,高強度負荷である60~80%の方が運動能力の改善が見込められることも報告されています.
呼吸器疾患患者では年齢最大心拍数の85%を超えない範囲での運動を推奨したり,呼吸器患者では運動強度40~80%での運動を推奨している.
心疾患患者に関しては,疾患や時期により異なるが,回復期の循環器疾患では運動強度中等度40~60%が推奨される.
また心不全では,NYHAⅠ~Ⅱでは運動強度40~50%,NYHAⅢでは運動強度0.3~0.4とされている.
心筋梗塞の急性期ではさらに運動負荷は低く20%とされています.
心拍数を指標とする際の運動強度は,患者さんの年齢や疾患に配慮して設定しましょう.
有酸素運動の負荷量の上げ方
有酸素運動の負荷量の増やし方についても簡単に紹介します.
有酸素運動の負荷量を増やす方法は主に,運動する時間を長くする方法と運動自体の負担を増やす方法があります.
例えば,20分の有酸素運動でBorg Scaleや心拍数が目標設定まで達しない場合は,時間を30分に延長して再評価したり,
例えば,ウォーキングのスピードを速める,ウォーキングコースに上り坂を含める,自転車エルゴメーターの負荷(ワットW)を上げる,などがあります.
注意することは,運動時間や負荷量を変更したときは,いつも以上に小まめにBorg Scaleや心拍数を評価し,モニタリングすることです.
対象とする方の状態や好みに合わせた,有酸素運動を検討することも大切なことだと思います.
まとめ
簡単かつ短時間で運動負荷の評価ができるBorg Scaleと心拍数を紹介しました.
高齢者,呼吸器疾患,循環器疾患では,
Borg Scaleで11~13(中等度),心拍数では運動強度40~60%(中等度)が推奨されています.
運動強度は弱すぎれば得られる効果が少ないし,高すぎれば重篤な有害事象を引き起こすリスクがあります.
運動の専門家として,自覚的運動強度や心拍数を用いて適切な運動処方をして頂けたらと思います.
最後まで読んで頂き,ありがとうございました.
何かのお役に立てたなら幸いです.
参考資料
- 下和弘,他.高齢者の疼痛管理と緩和ケア 4.高齢者の疼痛予防運動(レベルに合わせた運動療法).日老医誌.2020.
- 基礎運動学第6版.医歯薬出版.2003.
- ビジュアル実践リハ呼吸・心臓リハビリテーション改訂2版.居村茂幸.2015.
- 運動療法学 障害別アプローチの理論と実際.市橋則明.2008.
- リハビリテーション運動生理学.玉木彰.2016.
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